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庭の縁側で愛は感嘆した。 「本当だ。あの姉ちゃんそっくりだべ」 愛にまでそう言われて翠は狼狽える。 政宗と良い幸村と良い、雲の上の人達が何故自分の父や母を知って居るのだろう。 「な?言った通りだろ」 何故か誇らしげに政宗が言う。 「懐かしいだ。おめぇの母ちゃんが軍神の側に居たのがついこの間の事みてぇだ」 「お前が一揆の連中纏め上げてたのもな」 隣に坐る煙管を持った政宗が横から口を挟む。 「藤治郎様!」 愛が唇を尖らせた。政宗は本当の事だろうが、とくつくつ笑う。 少し年が離れているが政宗と愛はとても仲睦まじい。 どこか兄妹を思わせるような雰囲気も持っていた。 「私の母はどんな人でしたか?」 勇気を出して翠は尋ねた。 「そうだなぁ……」 政宗は煙草盆に肘を付き、煙管を咥えながら良く澄んだ空を見て考える。 「血の気が多くて、思い込みが激しくて、怒ると怖い――って痛ぇぞ愛!」 愛に尻を抓られ政宗は悲鳴を上げた。妻の怪力は健在だ。 「そんな事ばっか言うでねぇ、藤治郎様」 ブツブツ文句を言う政宗を尻目に愛は翠の方を向く。 長く美しい銀の髪が幾筋か前に垂れた。 「堪忍な。おめぇさんの聞きたい答えじゃなかったべ?」 「いいえ、母の良い事も悪い事も聞き及んで居ります」 その落ち着いた態度に愛は感心した。 「おめぇさん優しくて聡いだな。――隼人」 控えていた隼人が愛を見る。 「おめぇも嫁子貰うならこう言う娘っ子にするだよ」 それを聞いてカラカラと政宗が笑った。 「そうだぜ、隼人。小十郎も娶ったんだ、序にお前も祝言挙げちまいな」 うたかた17
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尚も甲高く娘は泣き続ける。 佐助は泣かない。 泣きたくても泣けない。 涙は遠い昔に凍て付かせたままだ。 静かに枕元に坐り、まだ温かい女房の頬に触れた。 揺り起こせば目を開けて重湯は、と尋ねそうだ。 (なぁ……お前、幸せだったか?) 望まぬまま生き延びる為忍になり、閨を血で染め、叛き、 紆余曲折を経て自分の元に戻った妻。 生きて居て呉れれば良いと思っていた。 暗闇から救えず、かと言って奪う勇気もなかった弱気な自分の傍に 居て欲しいと頼んだ時、迷わず是と言って呉れた。 ずっと離れず共に生きるつもりだった。 だが寄り添う事が出来たのは児が胎に居たほんの短い間だけだ。 佐助はぎこちなく娘を抱いて重湯を含ませた手拭を吸わせてやる。 娘は拳を握り締め懸命に重湯を吸った。 (翠、いっぱい泣いて呉れ。父ちゃん泣けないんだ。だからお前が代りに泣いて呉れよ) 翠が泣き止まない時は昼夜を問わず肩車をして空を飛んだ。 母が恋しいと言えば、宵の明星を指差して「あそこでいつもお前を見て居る」と教えた。 高熱を出した時は女房に助けて呉れる様に祈った。 良く無事に長じてくれたと佐助は思う。 勝気な所や男勝りな所を矯める事は出来なかったが、それはあの若者に託そう。 「さ、もう行け。達者でな翠」 佐助に背中を押され走り出したが、一度だけ翠は振り返った。 「死ぬなよ馬鹿親父!!」 涙混じりの罵声に佐助は手を挙げて応える。 徐々に遠くなる後ろ姿を見送りながら小さく呟いた。 「……生きろよ」 うたかた12
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佐助は満身創痍で城の片隅で壁に背を預け胡座をかいていた。 全身の痛みで感覚が麻痺している。鉢金を外し落ちて来た髪を掻き揚げた。 城内には火が放たれ焼け落ちるのは時間の問題だった。 (なぁ…俺、これで良かったよな?) ここに居ない彼女に問い掛ける。 突然、頬に誰かの掌が触れた。 その懐かしい感触に目を開けると、薄い浅葱色の単を着た彼女が居る。 「…嘘だろ…」 娶ってから三月半しか共に居られなかった愛しい妻。 彼女が生きていた時の思い出が次々に甦った。 初めて逢った時鞠を手渡した事。 再会した時美しくなっていて気圧された事。 彼女が叛いて敵と味方に分かれた事。 怪我をした彼女を背負って延々と歩いた事。 翡翠の簪を受け取ってくれた事――。 振り返るには遠く、眩し過ぎる日々。 群雄割拠の中陽炎の様に消えたあの日々と共に彼女は逝き、 自分は忘れ形見と共に取り残された。 赤子だった娘が今では母親の生写しだ。 「……夢でもいい、幻だっていい」 痛みを堪え生前のままの彼女に震える手を精一杯伸ばした。 「ただもう一度……お前に逢いたかった」 凍て付き枯れ果てた涙が温かく頬を濡らす。 妻の名前を呟いたものの、最早掠れて声にならない。 金の髪の柔らかい手触りも、触れた手の温もりも、まるで生きているようだ。 「流石に疲れたよ。ちょっと…一眠りさせてくれ」 佐助は妻にゆっくり凭れ掛かる。 ――こんな所でうたた寝すると冷えるわよ まだ上田に居た頃、縁側で寝そべっていると必ず妻に窘められた。 この陽気だから大丈夫だ、と佐助は言う。 そのまままどろむと小袖を掛けておいてくれたものだ。 ――風邪引くぞ、馬鹿親父 佐助は僅かに笑みを浮かべる。 妻の温かい胸に抱き止められた刹那、燃え盛る天井が二人の上に崩れ落ちた。 うたかた15
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「すまねぇ、遅くなった。大丈夫か?」 佐助は漸く妻と再会した。 遠征から帰ると家が蛻の殻になっていて、手掛りを元に荒っぽい方法で捜し出した。 力ずくだったが今はそんな事に構って居られない。 「平気」 少し痩せた妻は健気に答えた。 その目立って来た腹に佐助は手を当てて話し掛ける。 「おーい、父ちゃんだぞー。ただいま」 ポコン、と何かが妻の腹の中で跳ねた。 「ははっ、返事してら」 男か女か生まれるまで分からないがどちらでも良い。今から楽しみだ。 「じゃ、我が家へ帰りますか」 妻を抱え大鴉に掴まって空を飛びながら気がついた。 (そうだ、名前考えなきゃな) 親から一文字ずつ取ろうかと考えたがどうも上手くいかない。 妻の顔を見る。月下為君、軍神の懐刀――。 「あ」 「何?」 佐助はヘラっと笑う。 「いや、別に」 一緒になって欲しいと妻に差し出した、深い翠色を湛えた翡翠の玉簪。 (女なら翠も良いか) もう一つ忘れていた事を思い出した。 「なぁ、帰ったらそばがき作って」 「良いけど……」 妻が怪訝な顔をする。 正月の蕎麦切りならまだしも、そばがきを食べたがるのは珍しい。 「よーし、しっかり掴まってろよ!」 佐助は速度を上げた。 ――早く帰ろう。そばがき食べて、子どもの名前考えて、仕事もしなくちゃ。 ああ、それにしても疲れたな。帰ったらまず一眠りしよう―― 一番大事な光を大切に抱えて佐助は飛ぶ。 暁の中、その姿は朝日へ吸い込まれて行った。 うたかた追記
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「筆頭、冗談も大概にして下さいよ」 慌てて隼人が言った。 「Ha!何が冗談だ?その娘にattack掛けてんの知らねぇ俺じゃねぇんだぜ?」 政宗が戦場の笑みを浮べて恫喝する。だが次の瞬間愛に頬を抓られ悲鳴を上げた。 「そんな怖い顔するでねぇ。怖がらせてどうするだ?」 「分かったから離せって!ちょ、マジ痛え!」 翠と隼人は顔を見合わせ呆れた様に笑った。 「お方様の言った事、気にするなよ。あの方はいつもああなんだ」 並んで歩きながら隼人は言った。 二人の前を下がった翠は、隼人に送られて厄介になっている片倉の屋敷へ戻る最中だ。 「でもあんな事言い出したのも俺が黒脛巾組辞めるからなんだけどさ」 「辞める?」 翠は驚いた。 「天下泰平で忍抱えてちゃ不穏過ぎだろ? 豊臣の時みたいに謀反捏ち上げられたら洒落にならないし」 小石を蹴って歩きながら隼人は答える。 「これからどうするの?」 歩みを止めて尋ねた。もう会えなくなるのかと不安になる。 「船に乗るんだ」 隼人は笑顔だった。反対に翠の表情は曇る。 「……遠くへ行くのか」 「ああ。お前も行かない?もし、嫌じゃ無かったらだけど」 二月後、翠は世話になった小十郎夫妻に別れを告げた。 「どうだ翠、背は俺が勝ったぞ」 「五月蝿い。背より頭で勝てなくてどうするんだお前は」 痛いところを突かれて固まった大助を見て翠は溜め息を吐く。 「全く…。精進しなさいよ、日本一の兵になるんでしょ?」 「言われずとも分かっておる!」 むくれてそっぽを向いた大助の頬に柔らかいものが触れた。翠の唇だ。 大助が首筋まで真っ赤に染まったのを見て初心だな、と苦笑する。 「じゃあね、馬鹿大助」 破廉恥、と言う大絶叫を背に、翠は軽やかに駆け出した。 うたかた18
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大坂城は落ちた。 豊臣は滅び、天下は徳川の物となった。 「I m home, My sweet honey!」 帰還した政宗が妻を軽々と抱き抱上げて口付ける。 「怪我してねぇだか?藤治郎様。何はともあれ、稲刈りに間に合って良かっただ」 嫁いだ時妻は名を改め「愛」と名乗って居る。 愛はその名の通り愛くるしい笑みを浮べた。 「おいおい、夫の無事と稲刈りが同列かよ。相変わらずだな」 政宗は苦笑する。 「藤治郎様も米もどっちも大事だべ。何でそんな事言うだ?」 今度は頬を膨らませた愛の額に唇で触れた。 「Forgive me.」 政宗は膝に愛を座らせ、煙草盆を引き寄せる。 「小十郎の嫁さんは赤いお侍の娘っ子なんだべ?似てるだか?」 背を政宗の胸に預けて見上げながら愛は尋ねた。 「いや、そうでもねぇな。忍の娘の方は母親そっくりだったぞ」 妻の銀の髪を撫でながら政宗は答えた。翠を見た時、忍は年を取らないのかと 一瞬思った程だ。 「本当か?おらも一度会ってみてぇだ」 愛が目を輝かせる。 「ああ良いぜ。今度城に呼んでやるよ」 煙管を咥えながら気安く政宗は応じた。 「今日ぐらいはゆっくりさせてくれ。戦の後のゴタゴタも片付けなきゃなんねぇし……」 考えを巡らせながら深々と紫煙を吐き出す。 遺族への補償、武器と人員の補充――その他にもやるべき事は山積していた。 「半月待ってくれ、それで全部終らせる。それにしても」 「?」 愛は首を傾げる。 「これからは誰も戦場で死ぬ事なんざ出来ねぇ。あぁ、つまんねぇよなぁ」 何か言いかけた愛など目に写らないかの様に遠くを見て政宗は呟いた。 「幸村は――あいつは日ノ本最後の武士になって逝っちまった。 最後の最後まで勝ち逃げしやがって」 うたかた16
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たったかたん!/FEAR Dです。 事情で担当変更しました。 ドット絵提供、ポケモン図鑑決め、 ポケモンデータ、ポケモン捕獲イベ、その他スクリプト基本のなにか シンオウ地方ポケモンのみ鳴き声変更 担当です やり方がわかりしだい技のエフェクト変更でdsでの技の再現も実装する予定です。
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「翠、若旦那を連れて阿梅様の元に行け」 父の口調は有無を言わせない忍隊長のものだ。 「これは大人がケリを着ける最後の大戦だ。 お前や若旦那みたいな子どもに横槍入れられちゃたまらん」 ここで殉じるつもりだ――翠は分った。 「若僧を頼れ。父ちゃんの眼に適う男なんてそうそう居ないぞ」 佐助は父親の顔に戻り悪戯っぽくパチリと片目を閉じる。 「こんな所でお前を死なせたら母ちゃんに合わせる顔が無いからな。 お前は忍じゃないんだ、好きに生きろ」 翠は唇を噛み締めた。 「うん」 佐助は頷くと翠の手に翡翠の簪を握らせた。 「嫁に出す時渡すつもりだったけど今渡しとくな」 両肩に手を置き改めて女房に良く似た娘の顔を覗く。 翠が生まれた晩を思い出した。 ――見て、やっと生まれたわ。女の子よ 微笑む女房の隣に生まれたばかりの赤ん坊が眠っていた。 後産で傷ついた胎内の大きな脈から血が止め処も無く失われ、 女房は血の気の失せた顔色をしている。 ――名前は考えてくれた? 「うん。翠だ」 ――みどり 青白い手が愛しげに生まれたばかりの娘の頭を撫でる。 ――お願い、この子を忍にしないで。私の様な目に遭わせたくない 「分かってるよ。この子が大きくなる頃にはきっと戦も終わってるさ」 突然娘が甲高い声で泣きだした。 「ああ、重湯だな。ちょっと待ってろよ」 慌てて佐助は三和土に降りた。 ――よしよし、翠。良い子ね。ほら、泣かないで…… 「これじゃ温過ぎるか――」 重湯と手拭を持って振り返った時、楽しい夢を見ている様に微笑んだまま 女房は眠っていた。 二度と覚める事の無い眠りだった。 うたかた11
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安居神社の境内に赤備えを身に着けた負傷者達が座り込んで居る。 彼等こそ徳川本陣深くまで切り込んだ真田幸村率いる真田隊の生き残りだ。 自身も傷を負いながら幸村は休まず他の隊員の手当てをしていた。 槍の先端は既に綻び、彼の腕も二槍を支え切れなくなっている。 「幸村様、やりましたね俺達…」 「ああ。徳川に目に物見せてやった。あの三河守の驚いた顔と言ったら無い」 顔面蒼白の家康は本多忠勝に守られ命からがら撤退した。 ここまで敵の心肝寒からしめた負け戦などあるまい。 圧倒的な兵力差がありながらも馬印を蹴倒した倒した彼等の心は昂ぶっていた。 「真田源二郎幸村殿とお見受け致す」 背後から声がした。 「拙者西尾仁左衛門宗次。御首、頂戴致す」 幸村は振り返りもせず手当てを続けながら静かに言った。 「某逃げも隠れもせぬ。が、暫し待て。この者の手当が先だ」 「幸村様…」 淡々と包帯を巻く幸村を見て西尾は刀を下げる。 「相分かった」 「忝い」 手当てを終えた幸村は最後の力を振り絞って二槍を掴んだ。 ――きっとこの武士に自分は負ける。 悔いは無い。 子ども達を政宗の元に託した今、後顧の憂いも無い。 胸に有るのは六文銭の旗の元、数多の戦場を駆け抜けた矜持のみ。 瞼を閉じると巨大な戦斧を傍らに置いた大きな背中が見えた。 あの背中に追いつこうと、自分はいつもひた走り続けてきた。 一体どのくらい近付く事が出来ただろうか。 熱い拳で語り合い、抜山蓋世を体言した様なその出で立ちに若い自分は圧倒され、 仕える事の出来る仕合わせを人一倍噛み締めたものだ。 そして不幸にも、遂にその人を超える主君を幸村は見出せなかった。 (見ていて下され、お館様) 幸村は亡き師に呼び掛け息を整えると二槍を構える。 「西尾殿とやら、いざ参られよ。この真田源二郎幸村がお相手致す」 うたかた13
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うたかたのそら part53-284~294,314~336 284 :ゲーム好き名無しさん:2010/09/02(木) 15 59 17 ID wzVL3Eke0 iPhoneソフトのうたかたのそら投稿します。 285 :ゲーム好き名無しさん:2010/09/02(木) 16 00 07 ID wzVL3Eke0 あの夏、君と見た「異界」の空…… その日、僕は、人形のような少女と出会う。 登場人物1 仁科歩 本編主人公、高校二年生。 思い出作りの為、従姉の家まで自転車旅行をする事に。 詩織 主人公の行く田舎町に住む高校二年生。 神社前のお屋敷に住む、人形のような少女。 朝永幸恵 主人公の従姉。 現在、ある事情により一人暮らしをしている。 川路浩平 自称探偵老紳士。 主人公と共に事件を調べることに。 三島英司 診療所にて一人暮らししている医者。 東健太 地元の高校生。 谷浩太 主人公の親友。 286 :ゲーム好き名無しさん:2010/09/02(木) 16 04 23 ID wzVL3Eke0 第一話「異界の入り口」 仁科歩は高2の夏、思い出作りの自転車旅行をする事になった。 父母の許しをへ、親友である谷の誘いにより、夏休み中バイトに明け暮れ、マウンテンバイクを購入した。 行き先は犬井戸(いぬいど)町。 従姉の朝永幸恵が住む町だ。 今現在、彼女は一人暮らしをしている。 彼女の母親……杏子(きょうこ)叔母さんは三年前に病気でなくなっている。 16年前には父親である涼一(りょういち)叔父さんが。 6年前には弟の翔(かける)がそれぞれ亡くなっている。 歩はしばらく会わない彼女を気にかけ、様子を見に行く事にしたのだ。 当日、山奥を自転車で走る歩。 しかし、突然の大雨で、徐々にブレーキが効きが悪くなる。 そんな時、目の前に突如として子供の姿が。 必死になって、避けようとする……結果、その体はガードレールから外へ投げ出された。 そこで意識が途切れた。 287 :ゲーム好き名無しさん:2010/09/02(木) 16 08 27 ID wzVL3Eke0 気がつくと何故か神社の境内にいる歩。 しかも太陽が真上にさしている。 ここにじっとしていても仕方ないので、先へ進むことにする。 謎の狛犬、札の仕掛けを解きようやく神社の中へと入った歩。 そこには小さな人影が。 話しかけてみるが、すぐに逃げ出してしまう。 追おうとするが……酷い頭痛により、そこで意識が失われてしまう。 次に気づくと、そこは家の中。 家……従姉である幸恵さんの家だった。 彼女の話によると、到着が遅い歩を心配した幸恵が、車で迎えに行くことにしたらしい。 そこで山道で倒れている歩を発見したとの事だ。 勿論、神社のついても知らないらしい。 そこで気づく。 あのときの子供、それが従弟の翔だという事に。 288 :ゲーム好き名無しさん:2010/09/02(木) 16 22 42 ID wzVL3Eke0 翔とは兄弟同然の中だった。 夏休みは必ずこの町に訪れ、翔の友達と一緒に遊んでいた。 そんな事を話していると、ふと鈴の音が聞こえてきた。 幸恵さんの手には一つの鈴。 歩のポケットに入っていたというが、勿論そんなものは知らない。 が、結局それを受け取ることにする。 結局、その夜は転倒による怪我や疲れにより、すぐに寝ることに。 布団の中、翔の事を考えながら。 補足 叔母である杏子は主人公の母親の妹。 ちなみに主人公の母はキャリアウーマン風の人物。 名は仁科温子。 289 :ゲーム好き名無しさん:2010/09/02(木) 16 24 48 ID wzVL3Eke0 第二話「手紙・2」 朝起きると、幸恵さんは既に仕事に出かけていた。 用意してくれていた朝ごはんを食べながら、昔を振り返る。 翔が亡くなるまでここにはよく遊びに来ていた。 そこで、色々な遊びを翔から教えてもらった 姉の幸恵さんに淡い恋心を抱いていた。 それを隠すのは凄く辛かった記憶がある。 しかし、翔との関係を壊すのが嫌でずっと我慢していた。 だが……そんな親友との関係は予想もしなかった形で終わりを告げることになった。 6年前の雪の日。 翔は凍った池の中で発見されたらしい。 どうやら池の上で遊んでいる最中に、誤って落ちてしまったらしい。 葬式が行われるが、結局、歩は参加しなかった。 その後、数日家の中に篭ることになった。 結局それから犬井戸町に行くことはなかった。 そして三年後、あの日と同じように雪の降る日。 嫌な予感を感じて、学校から家に帰ると両親が喪服姿に着替えていた。 心労がたたって長い間、病気で寝込んでいた杏子叔母さんが息をひきとった。 その時3年ぶりに犬井戸町に訪れることになった。 そこでみたものは、無表情に遺影に力なくうつむく幸恵さんの姿だった。 その後、受験勉強に没頭する歩。 まるで悪い記憶から逃れるように。 結局行くつもりもなかった進学校に受かってしまった歩。 そんな時、入学式で声をかけてきたのが谷だった。 290 :ゲーム好き名無しさん:2010/09/02(木) 16 28 32 ID wzVL3Eke0 そんな事を考えながら、朝ごはんを食べ終わる。 ふと、自転車のことを思い出す。 電話で幸恵さんで確認すると、近くの木にワイヤーの鍵で止めているらしい。 迷いながらも、昨日の場所を探し回る歩。 そんな時、道の先に小さな石の鳥居を発見する。 そこは、昨日夢の中で訪れた場所だった。 だが、何か微妙に違うような気がする。 疑問に思いながら辺りを見回すと、そこには大きなお屋敷と、着物姿の少女が立っていた。 軽く会釈を交わしその場を離れる。 妙にその少女の事が気になる。 ふと、思い出す。 昔、翔と一緒に遊んでいた時、よく似た少女をみかけたような気がした。 しかし、名前が思い出せない。 思い返してみると、足の速いリョウ、太っちょと痩せのでこぼこコンビのノリ・ロクの三人を思い出した。 そんな事を考えながら道を歩いていると、廃校へとたどりついた。 どうやら道を間違えたらしい。 引き返そうとするが、その時。 「歩………」 声が聞こえだ。 紛れもなく、翔の声。 その声につられるように校舎の中へと歩みを進めた。 探索すると、いくつかの部屋で映写機が流れ始めた。 女の子の手紙を奪い取る男の子。 その男の子に向かって殴りかかる翔。 そして、その女の子から手紙を受け取る翔。 突如として意識が戻る。 歩は校庭、扉の前に佇んでいた。 目の前の扉は開かない。 確かにこの中に入ったはずなのに。 疑問に思いながら引き返す途中、先ほどの着物の少女が男に襲われている場面に遭遇する。 男………東というらしいが、凄んでみせるが引くわけにいかない。 殴られながらも、彼女を庇おうとする歩。 その時、突如現れた医師により助けられる結果になった。 医師………三島英司(みしま えいじ)はどうやら昨日自分を治療してくれた医師らしい。 そんな時、彼女が話しかけてくる。 お礼、そして。 鈴を持っているか、と。 それを手放さないで下さい、と。 そして別れ際に、『ごめんなさい』という呟きを。 291 :ゲーム好き名無しさん:2010/09/02(木) 16 34 37 ID wzVL3Eke0 第三話「探偵」 次の日、他愛もない話をしながら幸恵さんと朝ごはんを食べる。 その後、一緒に自転車をとりに行くことになる。 自転車を見つけ、そのまま仕事場までいく幸恵さん。 ふと、自転車をみつけた場所をみてみる。 自転車がぶつかったと思わしきガードレール。 しかし、そこには傷一つ、ついてはいなかった。 不思議に思い、考え込む。 そんな歩にたいし、声をかけてくる人がいた。 振り返るとそこに立っていたのは昨日の着物姿の少女だった。 挨拶を交し合う二人。 その時、初めて少女………詩織(しおり)という名を聞く。 その後連れ立って一緒に昼食をとる事にした二人。 近くの川場で色々な事を話した。 自分の料理が何故かどんな物でも和風になってしまう事。 後輩に頼まれてハンバーグを作った時に、誤ってつくねを作ってしまった事等。 彼女の姿形から、無口な少女を連想していたが、彼女はよく喋った。 二人、楽しい時間を過ごすうち、歩はどこか懐かしさを感じていた。 292 :ゲーム好き名無しさん:2010/09/02(木) 18 02 46 ID wzVL3Eke0 午後、用事があるという詩織と別れ町に戻ってきた歩。 そこで川路浩平(かわじ こうへい)という探偵を名乗る老人に出会う事になる。 どうやら彼は6年前の事件について調べているらしい。 6年前、翔が亡くなり3人の子供が行方不明になった事件。 詳しく話を聞くと、彼は篠(しの)さんという女性から、孫の事件について調べてほしいと頼まれたらしい。 孫………石沢紀夫(いしざわ のりお)は翔の親友だった少年らしい。 そして、6年前の事件で行方不明になったのは、すべて翔と仲のよかった人物らしい。 当初は、翔と共に池で溺れたのでは、と思われていたが、捜索の結果、池の中ではみつからなかったようだ。 事件の事について話し合う事になった。 当初、川路さんは幸恵さん話を聞くつもりだったようだが、辛い思いをさせる為、止めてほしいと頼む歩。 川路さんはそれを了承。 かわりに歩は自分の両親から話を聞くことに。 次に写真を取り出す、川路さん。 そこに写っていたのは、四人の子供。 一人翔。 そしてもう一人が石沢紀夫。 前に思い出した、ノリという愛称の子供だ。 端に写っている少女が寒河江涼子(さがえ りょうこ)という名らしい。 どうやらこの子がリョウ、愛称の子供らしいが……イマイチ、ピンとこない。 最後の一人が村上正一(むらかみ しょういち)らしい。 どうやら翔を除いたこの三人が行方不明になったという話だ。 その後、子供達が最後に目撃された駄菓子屋へと向かうことになった。 しかし、駄菓子屋についてみたものの、どうやら随分昔に閉店してしまっていた。 川路さんによると、その日店番をしていた老婆を眠り込んでいたらしい。 その後、起きてみると大量のおかしが万引きされていた、という話だ。 そして、大量のおかしを持ち歩く紀夫の目撃されていた。 紀夫はその日、父親とけんかし家を飛び出していたらしい。 どうやら、家の人間と反りが合わなかったという話だ。 そんな中、唯一、やさしかったのが祖母である篠だったという。 篠は紀夫が持っていた、宝物を預かっていたらしい。 それは、りょうこと書かれた包み紙だった。 中には四葉のクローバーが入っていたらしいが、いつの間にか無くなっていたらしい。 そんな包み紙をみていると突如、歩に頭痛が襲い掛かった。 293 :ゲーム好き名無しさん:2010/09/02(木) 18 10 18 ID wzVL3Eke0 気がつくと、戸口が開いていた。 目の前には砂嵐のテレビ。 横にはコインを入れると思わしき穴が開いていた。 辺りを捜索し二枚のコインを手に入れる。 一枚入れると映像が流れ出す。 そこには四葉のクローバーを紀夫に渡す涼子の様子が記録されていた。 そして二枚目のコインを入れると、そこに映し出されたのは、自分の姿。 そして背後には紀夫が姿が写っていた。 恐る恐る背後を振り返るとそこには大量のおかしを抱えた紀夫の姿が。 「そうだ、秘密基地へ」 そんな事をいいながら走り出す紀夫。 とっさに追いかけ肩を掴む。 その瞬間、意識が暗闇の穴の中へと吸い込まれた。 気がつくとそこは駄菓子屋の前。 ふと、手のひらを開く。 そこには失われたはずの四葉のクローバーが握られていた。 ……もう一度、意識が遠のく。 次に目を覚ました時、そこは診療所の中だった。 目の前には三島先生の姿。 どうやら、日射病で倒れたところを川路さん送ってくれたらしい。 その後、診療所を出て歩き始めた歩。 そして、目の前から自分の自転車おしてくる川路さんと再開した。 自分の身に起こった不可思議な体験を川路さんに話す事にした。 にわかには信じがたい話。 だが。 「これを見て信じない訳にはいかないだろう」 と、先ほどの包み紙を開いてみせる。 そこには先ほどまで青々としていたロクーバーが既に干からびていた。 川路さんによると、目の前で枯れていったらしい。 自分の調べ物と異界、この二つは恐らく同じ結末を迎えるだろう。 二人は改めて、互いに協力して真実を探す事を約束した。 補足 石沢紀夫が家出をしたのは家との確執。 商売人をやっている実家だが、紀夫はあまりそういう事は得意ではないらしい。 その上で、家出した日、生活態度を注意され出て行くことになった。 314 :うたかたのそら:2010/09/08(水) 12 21 19 ID dmDiGDay0 うたかたのそら続き投稿します> 第四話「家」 次の日、幸恵さんを送り出すと、川路さんの元へ向かった。 水鞠荘という旅館に泊まっているいるとの事だった。 迎えに行くと、ちょうど出てきた川路さんと合流する。 今後の捜査について話し合った結果、昨日、異界で聞いた秘密基地について調べる事になった。 さしあたって、寒河江涼子と村上正一の家族から秘密基地について話を聞いてみる事にした(篠は知らないらしい)。 話を聞きに行く途中、昨日の夜、家に電話した時の様子を話す歩。 昨日、実家に連絡すると電話に出たのは父だった。 随分、酔っていたようだが6年前の事件を事を聞くと、急に声音を元に戻り、話し始めた。 6年前、数人の子供が家に帰ってこなく、大騒ぎになった。 結局、翔は池の底でみつかり、他の三人はみつからなかった。 当初、翔は池の上で遊んでいる時に、氷が割れて落ちたという話だった。 しかし、父はそれが信じられないという。 翔はしっかりした性格で、そんな危ない事は決してしなかったという。 どうやら一家の大黒柱である、父、涼一が亡くなったことにより、自分がしっかりしなくては、と思っていたらしい。 その涼一は翔が生まれた年に亡くなったらしい。 しかも、自殺だったらしい。 その上、その第一発見者は幸恵さんらしい。 まだ五歳の時だった。 自殺の原因までは分からないらしいが、随分繊細な人物だったらしい。 まだなにか知らないか、と尋ねると「つまらない事だが」と前置きして話し出した。 翔の葬式の時、町の老人が妙な話をしていた。 「神隠しにあったんだ。これはタタリに違いない」 と。 妙な話なので覚えているらしい。 普通、遺体があるのに神隠しという言葉は使わない。 315 :うたかたのそら:2010/09/08(水) 12 33 11 ID dmDiGDay0 そんな話を川路さんは黙って聞いていた。 「遺体がある神隠しか……」 どういう意味か尋ねる歩に考え込む川路さん。 ふと、川路さんが神隠しと行方不明の違いについて問いかけてくる。 行方不明は、それこそ生きているか死んでいるか分からない状態。 そして神隠しはそれそのものが現象。 人が消えてしまう現象。 そしていずれ帰ってくる可能性がある。 なにしろ隠されただけで無くなっていない。 いや、亡くなっていないと言うべきか。 そんな事を語った。 そして、一軒の食堂にたどりつく。 どうやらここが村上正一の実家らしい。 昼飯がてらなかに入ると正一の母、村上嘉子が応対に出た。 彼女の口から、ロクという言葉が出る。 どうやら正一のあだ名らしい。 他には正一が行方不明になったのはその日の深夜から朝方にかけての事らしい。 そして、寒河江涼子に関しては奇妙な話があるらしい。 どうやら寒河江家というのは『イヌ神スジ』の家らしい。 イヌ神スジというのはイヌ神家の血筋らしい。 そして、イヌ神に取り付かれたその一族は子々孫々『イヌ神様の花嫁』になるらしい。 その為、寒河江家には代々、女しか住んでないらしい。 涼子の母親である香織も父親がいないという話だ。 自分は香織とは同級生だったので、間違いない、と彼女は語った。 更にはその前の代も、その前の代も母親がいなかったらしい。 他にもイヌ神様の花嫁についても彼女は話し出した。 316 :うたかたのそら:2010/09/08(水) 12 37 15 ID dmDiGDay0 どうやら死んだ人間と話が出来たり、あの世まで生きている人の魂を連れて行くことが出来るらしい。 その為、彼女達は村人から色々と相談を聞いていたらしい。 その力を使ってご先祖様からお告げを聞くために。 他にも井戸をお告げで掘り当てたりしていたらしい。 この町の地名、犬井戸町もそこから話がついたらしい。 それだけならよかったのだが、どうやらよからぬ噂もあるらしい。 イヌ神様の花嫁を怒らせると、神隠しにあうらしい。 数十年前、戦後すぐに寒河江家には三人の娘がいたらしい。 その娘の一人が、村人を殺して回ったらしい。 村人は恐れ、家の中に閉じこもったが、いつの間にか神隠しにあったという。 どんなに閉じこもっていても消えてしまう。 そんな時、一人の男が井戸の水を飲んだ所、霧のように消えてしまった。 それを恐れた村人は井戸を埋めてしまったらしい。 井戸を埋めてしまうと、消えた村人が全員、家に帰ってきたらしい。 話を聞くと全員、青白く輝くお屋敷の中にいたらしい。 そこで、死んだ筈の寒河江家の娘に襲われたらしい。 結局逃げ回ったていたら、いつの間にか村に戻ってきた、との事だ。 そんな話を聞き、しばし考える。 おそらく村人達が迷い込んだ屋敷は、異界だろう。 自分と同じような目にあったに違いない。 初日、大雨の降りしきる中、水溜りにダイブした。 もし水が異界へと通じる道だとすると。 最初、ぶつかりそうになった、あの子。 翔に手紙を渡していた、あの子。 紀夫に四葉のクーバーを渡していた、あの子。 そして川路さんにみせてもらった写真に写っていた、あの女の子。 髪型こそ違っていたが、よくよく思い返すとよく似ている。 そういえば、異界でみた映像で紀夫は女の子にこういっていた。 「なんだか、変わったね」 と。 それは髪型の事をいっていたのではないだろうか? そんな事を考えながら改めて彼女に秘密基地について質問する。 が、彼女は知らないらしい。 これ以上、収穫もなかろうと立ち上がった時、不意に足元に一升瓶が転がっていた。 それを手に取った瞬間、意識が歪む。 そして、地鳴りのような雄たけびが、意識を飲み込んだ。 317 :うたかたのそら:2010/09/08(水) 12 44 48 ID dmDiGDay0 ……気がつくと屋敷の中にいた。 辺りは青白い月明かりを受けて、幻想的な絵柄を浮かび上がらせている。 目の前には人形。 その人形が突如話し出す。 話を聞くと、ここは異界であり早く出て行ったほうがいいという。 歩は人形の力を借りつつ、先に進むと札の貼られた襖の前にたどりついた。 ふい、襖に人影が写る。 その時、頭の中に映像が流れだした。 一人の男がこちらに背を向けぶつぶつと呟いている。 酒を飲んでるらしい。 男が振り返る。 そこには小学生ぐらいの男の子。 そして、男は不愉快そうに男の子をみつめ。 無言で手に持った一升瓶を振り下ろした。 倒れる男の子。 その頭からは、血が流れ出した。 そして、ふとこちらを見つめ。 「……見たな」 とこちらを睨みつけた。 あわてて逃げる歩。 なんとか人形のいる部屋までたどりつく。 どうやらアレは封印を解いたものを襲うらしい。 ここにいては危ない、早く逃げてください、と人形に言われる。 いわれるがまま、奥へ進み、出口を目指す。 途中、追いつかれ、一升瓶で腕を殴られたが、なんとか逃げることに成功した。 その時奴は。 「しょういちいいいぃぃぃぃぃぃ!!」 とはっきりと口にした。 ようやく出口にたどりつく。 先回りしてきた人形が、出口を指し示す。 人形が気がかりになった歩は、君達はここにいて大丈夫なのか、問いかける。 すると、私達は自分の意思でここにいる事を告げる。 ある役目を果たすためにここにいるらしい。 出口をくぐる歩に白い光が包み込む。 そして……人形がいた場所では大人の女性がいた。 318 :うたかたのそら:2010/09/08(水) 12 57 35 ID dmDiGDay0 意識を取り戻す。 そこは食堂の中だった。 心配そうにみつめる川路さん。 どうやら無事、異界から戻ってきたらしい。 大丈夫と立ち上がる。 そんな時、不意に水音がして、初老の男が姿を現す。 そこにいたのは、異界で自分を襲った男だった。 だが、異界での時と違い、こちらに襲い掛かってくる様子はない。 話を聞くと、彼の名は村上士郎(しろう)。 正一の父らしい。 そのまま、食堂を出る事にする。 腕にははっきり先ほど殴られた後がついていた。 落ち着ける場所まで移動し、先ほどの事を話し合う。 村上士郎は間違いなく生きている人間だった。 それが何故、異界に出てきたのかは分からない。 しかし彼は一人の子供を殴り殺した。 それが誰なのかは分からない。 正一、といいながらこちらに襲い掛かってきたので、彼ではないだろう。 殴られた子供は、少なくとも女の子ではなかったし、太っていたようにも見えなかった。 つまり寒河江涼子でも石沢紀夫でもない。 翔ならば見間違える事はない。 結局判断はつかなかったが、向こうの異界が何かしら関連がある事は間違いないだろう。 そこで川路さんが村上士郎に調べてみるという。 他にも、この町で何か事件が起きていないか調べてみるとの事だ。 殴られた痣も気になるので、しばらく別行動をとる事に。 明日の朝にまた会う事を約束し、川路さんは去っていった。 319 :うたかたのそら:2010/09/08(水) 13 02 50 ID dmDiGDay0 診療所までついたものの、残念ながら閉まっていた。 そんな時、セーラー服姿の少女が現れる。 一瞬誰だか分からなかったが、彼女は詩織らしい。 事情を説明すると、手当てしてくれるらしい。 そのまま、彼女の家まで連れて行かれる。 手当てをしてもらいながら色々と話し合う。 彼女が三島英司と又従兄だということ。 彼女の制服が自分の住んでいる町の、女子高の物だという事。 必死で勉強したら、受からないと思っていた今の学校に受かった事。 そんな事を話した。 それから彼女から夕飯をご馳走になり、楽しい話に花を咲かせた。 夕飯後、部屋でのんびりしていると、ふと、箪笥の上に写真立てが飾られている事に気づく。 そこに写っていたのは、川路さんにみせられた写真だった。 いや、正確には違う。 右端に五人目が写っている。 どうやら川路さんにみせられた写真は、端の人物が切り取られていたらしい。 思わず尋ねる。 「この一番右に写っているのは……」 彼女は冷たい声で答えた。 自分の双子の姉の涼子、だと。 そこで思い出す。 彼女が、翔達と遊んでいる時、すぐ傍にいたことを。 そして、もう一つ。 イヌ神様の花嫁は子供を異界へと連れ去るということを。 しばしの沈黙。 俯いたまま、なんとか声を振り絞り、彼女に声をかける。 異界の事、タタリの事、翔の事、彼女は何か知っている。 しかし、彼女はなにも答えない。 ふと、顔を上げるとそこには着物姿の少女がいた 青白い月明かりに照らされた、着物姿の少女が。 そして、静かに声を出す。 「これ以上、真実に近づこうとするの なら____ 私は、あなたを、消す……」 320 :うたかたのそら:2010/09/08(水) 13 10 36 ID dmDiGDay0 第五話「吐き気」 その日の朝は、幸恵さんの看病から始まった。 すまなそうにする幸恵さんを団扇で扇ぎながら昨夜の出来事を思い返していた。 真っ先に浮かぶのは詩織の顔。 ………あの後、恐ろしさのあまり幸恵さんの家まで逃げ出した。 テレビをバラエティ番組にあわせ、必死に心を落ち着ける。 そんな時、不意に訪問者が家に訪れた。 訪れたのは三島さん。 そして黒髪のショートカットの女の人。 そして、彼女の背中に担がれた幸恵さん。 「飲ませすぎた! ごめんね!」 そう、黒髪の女の人……看護師の安井美和子さんというらしい……がいった。 よくみれば、3人とも顔が赤い。 それに言動もおかしい。 どうやら3人とも相当酔っているらしい。 結局、深夜まで酔っ払い相手に格闘する事になった。 321 :うたかたのそら:2010/09/08(水) 13 19 53 ID dmDiGDay0 そして翌日。 申し訳なさそうに謝る幸恵さんを寝かせ、家を出る。 すぐ傍には見慣れない車。 その運転席から現れたのは川路さんだった。 近くの広場まで移動し、話し合いを始める。 調べた結果、村上正一の兄、村上豪(むらかみ ごう)という人間に行き当たったらしい。 川路さんは彼について、これから話を聞きに行くらしい。 そして、歩も昨日の事を話す。 寒河江涼子にあった事。 そして、写真が切り取られていた事。 その写真に写っていたのが、涼子ではなく詩織だという事。 そして、彼女、寒河江詩織に「消す」といわれた事を。 どうするかね、と尋ねる川路さん。 しばし、思い悩んだが捜査を続行する事を決めた。 今ここで引けば後悔する事になるから。 神社の階段付近で川路さんと別れる。 川路さんは村上豪に「秘密基地」の場所を聞き出す為にしばらく別行動する事になった。 その間、歩は寒河江詩織を見張ることになった。 彼女がどんな力を使えるか分からないが、見張っておく必要があるだろう。 そういい、夕方に合流の約束をし、川路さんと別れた。 が……運悪くというか、ばったりと詩織と再会する。 忠告を無視してきた、歩にたいし、昨日と同じ台詞をいう詩織。 しかし今回は引くわけにはいかない。 そんな歩をひと睨みすると、詩織はなにもいわずに、家の中に入るとヒシャリと戸を閉めた。 取り残された形になった歩だが、ここでじっとしている訳にはいかない。 取り合えず家を見張れる場所……神社の階段の中頃に腰をおろす。 ふと、手に何かが触れる。 拾い上げてみると、懐中時計だった。 裏側を覗き込むと、ローマ字で名前が刻まれていた。 [RYOUKO SAGAE] その瞬間、時計が逆回転する。 意識がどこかに飛ぼうとする感じ。 咄嗟に懐中時計を手放す。 が、その瞬間、鈴まで手放してしまった。 鈴と懐中時計は、一度輝くとその姿を消した。 意識が完全に落ちる瞬間。 屋敷から出る詩織の顔がみえた。 322 :うたかたのそら:2010/09/08(水) 13 41 19 ID dmDiGDay0 気がつくとそこは、暗い洞窟の中だった。 仕掛け解き、奥へ進むと古びた井戸を発見した。 中を覗き込むと、井戸に水かさが増し、水面に映像が浮かんできた。 洞窟の奥、石沢紀夫がたき火をしている。 足音と荒い息遣いし、思わず身を硬くする紀夫。 が、暗闇から現れたのが村上正一だとすると、安心したような表情を取り戻す。 正一は怯えたように語りだす。 親父が兄貴を殺すところをみたと。 異界で見た光景が思い返される。 村上士郎が酒瓶で殴り倒したのは、彼の兄、豪だったのだろうか? だが、川路さんの話によると彼の兄、豪は生きているはずだ。 ふと、入り口の方で音がした。 見に行ってみると、そこには寒河江涼子が倒れていた。 咄嗟に自分の父親が殺したんだ思う正一。 あわてて元の場所まで戻ると、火を消し暗闇に隠れる、紀夫と正一。 息を殺す二人だったが、しばらくすると異変が訪れる。 体が痺れてくる。 耳鳴、頭痛で正気が失われそうになる。 凄い吐き気がして胃の中のものをが逆流する。 胃の中のものを胃液まで流しつくした時……自身の体の自由が戻ってくる。 気がつくと、元の神社の階段にいた。 背中をゆっくりとさする手。 そこには詩織がいた。 彼女は歩の頭を自分膝に載せ、ハンカチで汗や口元を拭ってくれた。 彼女は何故、鈴を手放したのか……そう尋ねてきた。 どうやら鈴は、歩にとって命綱のようなものらしい。 改めて、真実を探る事を止めるようにいう彼女。 そうしなければ、あなたを消す事になる、と。 しかし、異界に入る前に見た、彼女の表情を思い出す。 彼女はこちらを見ていなかった。 彼女は悲しそうに遠くの空をみていたのだ。 そんな彼女が自分を消すとは思えない。 何故、そうまでして真実を隠そうとするのか詩織に尋ねる。 彼女は口を割ろうとしない。 あなたが真実を知れば、あなただけではなく、あなたの大切な人にも不幸が訪れる、と。 そういって、目の前から立ち去る詩織。 去り際、静かに告げてくる。 「次があれば容赦はしません……」 その目は、悲しい程、本気だった。 323 :うたかたのそら:2010/09/08(水) 13 51 20 ID dmDiGDay0 第六話 「夏の終わりに…」 昨日とはうってかわって、幸恵さんの看病を受けていた。 詩織と別れた後、再び酷い吐き気に襲われ、そのまま倒れてしまった。 その後、川路さんの車で幸恵さんの家まで送ってもらったのだ。 幸恵さんに看病してもらっている傍らで、何気なくおとといの事を話す。 おととい………寒河江家で晩御飯をご馳走になった事を。 その瞬間、幸恵さんの表情がこわばらせた。 曰く彼女の家は呪われているのだ、係わり合いになれば不幸になる、と。 普段の幸恵さんからは、考えられないような表情でまくしたてる。 反論しようとするも、詩織が不思議な力を仕えるのは事実だ。 一瞬の沈黙が流れる。 その沈黙を破ったのはチャイムの音だった。 幸恵さんはすぐにいつも通りの表情に戻ると、出て行く。 離れるさい、 「大丈夫…… 歩くんは、私が守ってあげる。 だから、お願い。 彼女には、もう絶対に近づかないで」 そういい残して。 324 :うたかたのそら:2010/09/08(水) 14 29 50 ID dmDiGDay0 訪ねてきたのは川路さんだった。 その場を去る幸恵さん。 それを確認し早速、情報交換をする。 話を聞くと、村上豪から話を聞けたとの事だった。 それによると、彼は秘密基地の場所は知らないらしい。 こちらも昨日、異界であった出来事を話す。 おそらく昨日いった異界、それこそが秘密基地なんだろう、という意見で一致した。 そこで、昨日の体調の悪化について話した。 吐き気と頭痛、そして耳鳴がした。 彼らがちょうど洞窟の中でたき火を消した時、体調の悪化が起こったのだ。 川路さん曰く、もしかしたら二人は一酸化炭素中毒で命を落としたのではないだろうか、と。 歩の状態も、それに酷似しているらしい。 もしかしたら、二人は事故死したのかもしれない。 では、誰が涼子を殺したのだろうか? 村上士郎の名が出るが、川路さん曰く、彼はシロらしい。 なんでも村上豪から聞いた話では、ちょうど正一が行方不明になったとき、酒に酔った村上士郎は彼を殴り倒されたらしい。 その事で村上士郎は警察に連行されている、との事だ。 つまり、アリバイがあるという事だ。 そこまで聞いて、ある事に気付く。 正一は村上豪が殺されたと思い込んで、秘密基地に逃げ込んだのだろう。 そして時を同じくして、紀夫もまた秘密基地に逃げ込んだのだろう。 ここまでくると、やはり秘密基地の場所がしりたい。 ふと、川路さんが幸恵さんなら何か知っているのではないかと訪ねてきた。 確かにショックを与えないため、彼女には事件の事については聞いていない。 でも、秘密基地の場所を聞くぐらいなら大丈夫だろう。 そう思い、タイミングよく戻ってきた幸恵さんに尋ねてみる。 秘密基地の知らないか、と。 その瞬間、持ってきたスイカを取り落とす幸恵さん。 明らかに動揺している。 話を聞くと、事件のあった日、翔は秘密基地に行くといって家を出たらしい。 そして、幸恵さん自身も秘密基地の場所は知らないとの事だ。 しかし、翔が死んだのは貯水池だ。 もしかしたらその近くに、秘密基地はあるのかもしれない。 しかし、詩織の言葉がよみがえる。 あなたが真実を知れば、あなただけではなく、あなたの大切な人にも不幸が訪れる、と。 でも、真実を知らない方がもっと恐ろしい。 意思を固め、翔がなくなった、貯水池に向かった。 325 :うたかたのそら:2010/09/08(水) 14 43 27 ID dmDiGDay0 ”何事につけても希望を持つことは、 絶望するよりもいい。 可能なものの限界をはかることは、 誰にも出来ないのだから__” 貯水池についたとき、ふと川路さんがそんな事をいった。 ゲーテの台詞らしい。 この言葉こそが、今の自分達に一番ふさわしい言葉、なのだそうだ。 笑いながら頷くと、これからの対策を話し合う。 今までは、いきなり連れて行かれるだけだったが、今度はこちらから異界に乗り込む事を決意する。 問題は”異界を開く鍵”を、どうやって見つけるか、だ。 今までどうやって異界に入ったかを、指を折りながら考える。 一度目は事故にあったせいか、記憶が曖昧だ。 二度目は翔たちの通っていた、小学校の扉に触れた時。 三度目はノリの残した包み紙に触れた時。 四度目は村上食堂で酒瓶に触れた時。 五度目は懐中時計に触れた時。 結論としては、事件と何か関係がありそうなものに触れると、それに関係する異界が開くという事だ。 ふと気付く。 事件に関係があるもの………つまり、翔が命を落とした、貯水池。 意を決し、その水面に手を入れる。 その瞬間、水面が輝き始め、辺りが雪景色に変化する。 凍った貯水池。 その前に佇む子供の姿。 翔だ。 咄嗟に追いかけるが、その瞬間、空から怒号の如く、廃材が降り注いできた。 気がつくと、四方を廃材の山に囲まれていた。 なんと辺りを探り、廃材の迷路を進んでいく。 そんな中、鍵を見つけ、シャッターをくぐったときだった。 暗闇の中で話し声が聞こえてくる。 まだ幼い翔と東が言い争いをしていた。 詩織と涼子の事を馬鹿にする東。 二人の言い争いは白熱して行き、ついに翔がとびかかっていく。 それと同時に冷たく白い風が吹き荒れる。 326 :うたかたのそら:2010/09/08(水) 15 12 26 ID dmDiGDay0 気がつくと、吹雪の中に放り出されていた。 さっきまでとは明らかに違う場所だ。 全身が凍えてくる。 なんとしてもここから脱出しないといけない。 吹雪の中歩き続ける。 途中、巨大な氷の結晶をみかけながら前へ進んでいく。 そんな中、鉛色の空に向かって突き出した崖の上に辿り着いた。 崖の先には、まるで墓標のような石柱が冷たい風雪にさらされている。 石柱に近づくと、黒いヒトガタの影が近づいてくる。 そのヒトガタの姿は………仁科歩そのものだった。 「また、この夢だ__」 そいつはいった。 「………わからない。 どうして僕は”彼女”に会えず、 ”自分”としか遭遇できないんだ」 「なぜ、僕の異界に現れるんだ?」 奴は言葉を続けるが、意味が分からない。 話し合いにもならず、そいつは、そいつは襲い掛かってきた。 氷の槍や氷の塊、氷の壁を作りこちらに投げかけてくる。 追い詰められるが、咄嗟の機転で、奴の投げつけた氷の槍を拾い、逆に投げ返した。 とっさによけはしたものの危機感を覚えたのか、奴は逃げ出した。 「まだ、眠るわけにはいかない」 そういい残して。 一瞬、強い風が吹く。 新たな光景が見えてくる。 翔と東。 それは先ほどまでの映像だった。 どうやらけんかは東が勝ったらしい。 東は翔が持っていた手紙を取り上げると、氷の張った貯水池へと放り投げる。 翔は手紙を拾うため、氷の張った貯水池へと、足を乗せる。 なんとか止めようと走り出すが、中々距離が縮まらない。 そんな中、翔は手紙を拾い上げると、こちらへと振り向いた。 まるで何事もないようにこちらに笑いかけてきた。 そして手紙を差し出す。 涼子から歩に、と。 小さな桜色の封筒を受け取る。 翔いわく、らぶれたあってヤツらしい。 そして翔は涼子と詩織の話を語りだした。 彼女達が父親がいないせいで、仲間はずれにされていた事。 実はその父親が自分の父ちゃんだという事。 そして、詳しい事情は姉ちゃんに聞いてくれ、という事を。 詳しく聞こうと近寄るが、翔は手で制す。 「秘密基地は神社の下__」 次の瞬間翔の姿が、消える。 辺りの景色も一変し、夏のそれへと返る。 どうやら異界から戻ってきたようだ。 気がつくと、手には桜色の封筒が握られていた。 327 :うたかたのそら:2010/09/08(水) 15 31 38 ID dmDiGDay0 蝉時雨の中、神社に通じる石段を登る。 最後の石段の向こうには、狭い境内が見えてくる。 そこにみなれた彼女の背中が見えた。 幸恵さんだ。 川路さんは気遣って下で待っていてくれている。 しばしの沈黙の後、幸恵さんは口を開いた。 秘密基地がこの下にある事、そして。 自分が涼子ちゃんを殺したという事を。 そして自分の父親の話を。 幸恵さんの話によると、彼女の父親は、以前から………それこそ自分達の母親と出会う前から、涼子と詩織の母親と付き合っていたらしい。 しかし、親達に反対され、結婚できなかったらしい。 その後、自分達の母親と結婚したて幸恵と翔も生まれたが、父親、涼一はずっと苦しんでいたらしい。 そして、香織………涼子と詩織の母親は、二人が生むと、死んでしまったらしい。 そして、後を追うように涼一も自殺した。 良心の呵責に耐えかねたのか、香織の後を追ったのかまでは分からないが。 そんな話を幸恵は、祖父が亡くなる寸前に聞いていたらしい。 しかし、幸恵さんは涼子と詩織の二人を恨んでいた訳ではないらしい。 むしろ、父親のいない二人を不憫に思っていたらしい。 しかし、6年前のある日の事、彼女は見てしまった。 涼子が翔に手紙を渡している瞬間を。 声は聞こえないが、涼子の表情から、どんな手紙かを察した。 咄嗟に彼女は翔が去った後、二人で話がしたいといった。 なら神社で話をしましょう、そう涼子はいった。 歩いていく涼子の背中をみつめながら、彼女は考えた。 もし、彼女が渡した手紙がラブレターだとしたら、止めなければならない。 二人は兄弟なのだから。 しかし………神社の階段を登り始めた時、恐怖心が襲い掛かってきた。 彼女は寒河江家の娘。 もし、下手に手を出せば、自分も異界に放り込まれるのではないか? そんな恐怖心から逃げようとした瞬間、足を滑らせた。 咄嗟に伸ばした手が掴んだもの、それは涼子が首からかけていた時計だった。 重みに耐えかね、階段から滑り落ちる涼子。 しかし………幸恵が時計を掴んだままのだった為、首吊りのような格好になってしまう。 そして、気付いた時、彼女は動かなくなっていた。 そんな彼女を神社の下の秘密基地へと放り込んだとの事だった。 328 :うたかたのそら:2010/09/08(水) 15 56 14 ID dmDiGDay0 己の苦しみを吐露する幸恵さん。 そんな彼女に後ろから声がかかる。 詩織だ。 彼女は二人に向かって真相を話す。 今まで、歩が見てきた異界。 あれは死んだ涼子が見せていたものだった。 彼女が最後まで言い出せなかった歩に対する思い、それを伝えるために。 しかし、詩織はそれが幸恵の過去を暴く事になってしまうので、なんとか止めようとしていた。 歩に対し、忠告していたのはこのためだったのだ。 いったいなんの話をしているか分からないという幸恵に、詩織は異界の扉を開く。 そこでみたものは、過去の映像。 涼子が、翔から手紙を受け取る光景だった。 はっきりと声も聞こえる。 テレながらラブレターを歩に渡してほしいという涼子。 そして、涼子は翔のことをお兄ちゃんと呼んでいた。 二人は自分たちが兄弟だという事を知っていたのだ。 驚く幸恵に詩織は真実を話した。 幸恵と翔の母、杏子は詩織や涼子も自分の娘として認め、陰ながら支えてくれたらしい。 その事は、翔も知っていた。 幸恵だけ知らせなかったのは、彼女が父親のことで、寒河江家を恨みを持ってるようだったから。 真実を知り、泣き崩れる幸恵。 その背中を詩織はゆっくりと抱きしめていた。 329 :うたかたのそら:2010/09/08(水) 16 08 08 ID dmDiGDay0 __数十年後。 とある夏の日の夜 家の中。 一人の少女がこちらに向かって走ってくる。 「これ、何! これこれ!」 そういって差し出す手には一枚の手紙。 あの夏の日に貰った手紙だ。 宛名の名前が自分と同じと気づき、ジト目になる彼女。 そんな彼女をみながら過去を振り返る。 あの後……秘密基地にあった三人の子供の遺体が発見された。 三人の死因は、一酸化炭素中毒だった。 そう幸恵さんに首を絞められた時、彼女はまだ生きていたのだ。 ふと……涼子ちゃんの顔と間近にいる少女の顔が重なる。 彼女には色々と伝えたい事がある。 幸恵さんのこと、川路さんのこと、僕と詩織さんと、僕らの娘のこと、そして近いうちに生まれる息子のこと。 彼女の話を聞かせてくれという少女……娘に、ゆっくりと話し始めた。 まだ、高校生だった頃 夏休みの終わりに とある田舎町で体験した 不思議な話だ__ 330 :うたかたのそら:2010/09/08(水) 16 16 00 ID dmDiGDay0 外伝「本屋の住人」 これは「うたかたのそら」から あふれたお話し 泡沫のように 現れては消える 本屋の出来事__ 私はいつものように彼をみていた 駅前の本屋の駐車場にある自販機の横。 そこにあるベンチが私たちの溜り場だ。 そこで私は親友であるタエと一緒に座っている。 ふと、目の前の本屋の自動ドアが開く。 そこには一人の店員。 まだ自分と同じぐらいの年。 扉が閉まるまでの15秒、私はその少年を凝視していた。 そんな様子をタエにからかわれつつ、彼の事を思い出していた。 駅前にある『谷書店』。 私はそこの常連だった。 そんな時にあったのが、彼、谷浩太だ。 どうやら彼は店長さんの息子さんらしい。 正直最初は、気にはなるもののあまり好きなタイプではなかった。 仕事にもあまり熱心そうにはみえなかったし、仕事中、いつも暇そうにしている。 ひそかにこの本屋でアルバイトを希望している私としては、彼の態度は気に気に食わないものだった。 けど……しばらく彼をみつめるうち、だんだんと意見が変わってきた。 以外に彼に会いに来るお客さんが多いのに気づいた。 お客さんの無理な注文にも的確に答える彼。 いつも暇そうにしていたのもただ単に、彼の仕事が速かったからだ。 私は、そんな彼をいつのまにか、目で追うようになっていた。 331 :うたかたのそら:2010/09/08(水) 16 21 42 ID dmDiGDay0 そんなこんなで彼と出会ってから、季節はすでに冬になっていた。 そんなある日、私はいつものように本屋に来ていた。 いつものように彼をみていると、ちょうど誤って本を床にぶちまけたとこだった。 私はとっさに彼と一緒に本を並べる。 礼を言う彼。 私はこのとき、彼とようやくまともに会話する事が出来た。 彼と別れ、本屋の中を見て回る。 新刊のポップが出ているのに気づいた。 手にとって読んでみると、最初の数ページですっかり気に入ってしまった。 早速、買おうと、財布の中身を見るが……足りない。 結局、その日は立ち読みだけして帰ることにした。 数日後、私はお小遣いの前借りを財布に詰め込み谷書店に向かっていた。 が、書店のドアをくぐった私が見たものは既に売り切れで、殻になった棚だった。 愕然とする私に、後ろから声がかかる。 彼だった。 しかもその手には、私が捜し求めていた本が。 どうやら立ち読みしていた私のために、一冊残しておいてくれたらしい。 お礼をいう私に笑いながら答える彼。 その後、彼とともにほんの話題で盛り上がった。 332 :うたかたのそら:2010/09/08(水) 16 31 23 ID dmDiGDay0 本屋の駐車場。 それが数日前の出来事だ。 そんな話にタエは呆れた声を出す。 どんだけ少女趣味なんだ、と。 女二人、ワイワイやっていると、また自動ドアが開き彼が出てきた。 彼は私たち二人に向かって、仕事を手伝ったくれないか、といってきた。 唐突なお誘いだったが、特に断る理由もない。 二人して手伝うことにする……のだが、どうも彼はタエにたいして、妙にぶっきらぼうな態度をとる。 タエも彼の事を気に食わない……と憤りをあらわにした。 彼はネーム入りのタグを渡してくる。 私の名前とタテナシ タエと書かれたネーム入りの二つのタグを。 ふと……新刊のポップが出ているのに気づく。 その本は……彼と数日前に語り合ったあの本の続編だった。 愕然とする私に、声がかかる。 「別にいいじゃない、そんなの気にしなくたって」 タエだった。 でも、私を納得できない。 あの本は、あとがきで、次の続編は夏ごろの予定といっていた。 しかし今は冬だ。 けど、タエの言葉は私の疑問を否定する 「今日は__8月31日だよ」 その瞬間、私の世界が止まったような気がした。 ずっと違和感はあった。 周りの皆が薄着なのに、私とタエだけが冬服を着ていた。 疑問に頭を抱える私に近づいてくるタエ。 そこで新たな違和感に気づく。 タテナシ タエ。 彼女の名前。 けど……私はタテナシという名を始めて聞いた。 親友の筈なのに。 そんな私の疑問に彼女は答える。 「あなたと会うの、 今日が『はじめて』だから……」 目の前が暗くなる。 店内の明かりが消え暗い闇の中に放り出された。 黒いドレスを身にまとったタエ。 青白い光を放ち、闇に浮かび上がる。 「一緒に行こう」 タエが私に語りかける。 思わず後ずさりする私の肩を、不意に誰か掴んだ。 谷さんだった。 体の左半分を赤い光をまとわせている。 「邪魔しないでくれる?」 憤るタエに。 「悪いが知った顔なんでね」 無表情に告げる谷さん。 ふいに、青い光と赤い光がぶつかりあう。 谷さんは、苦戦しながらもタエに勝利を収めた。 333 :うたかたのそら:2010/09/08(水) 16 46 56 ID dmDiGDay0 力なく床に腰を下ろす私に、谷さんは事情を話す。 自分は生まれたときに魂の半分を『あっち』に置き忘れてきたらしい。 そのせいで、本来見えないものを見たり、触れたりするらしい。 そんな話を聞いて……私は思い出す。 自分が既に死んでしまっている事を。 そんな私に、谷さんは真相を語りだす。 私が、春になったばかりの事、この店にバイトが決まった、最初の出勤日に車に轢かれたことを。 私もだんだんその時のことを思い出していた。 浮かれていた私。 周りを確認せずに道路を渡り、事故にあった。 思い出し、涙を流す私に、彼は一冊の本を差し出した。 それは……あの本の続刊だった。 私はその本をゆっくりと、読み進めた。 傍では谷さんがなにも言わずに、先ほどの戦闘で散らかった本を片付けていた。 心地よい時間。 だが、そんな時間も終わりを迎える。 本を読み終えた私に、谷さんは、ポンと手を頭にのせた。 そんな谷さんに、私は最後に最高の笑顔と最高の伝言を残した__。 「……もういいぜ」 後ろに声をかける。 そこから出てきたのは……タエだった。 思い切り殴りすぎ、そう文句をいうタエ。 最初、彼女の策では脅して無理やり成仏させるつもりだったらしい。 けど、谷が邪魔に入り、思いがけぬほうにいったらしい。 そもそも事の成り行きは、事故現場で、成仏できずにいる彼女をタエが見つけた事から始まった。 自分がなぜ死んだかも分からない彼女。 そんな彼女を成仏させるため、タエと谷が協力して一芝居うったらしい。 文句をいうタエに対し、彼女の最後の伝言を伝える谷。 友達のタエに、ありがとうって、伝えて。 伝言を受け取り笑うタエ。 そんなタエに思い出したように谷は伝えた。 『タテナシ』って、どんな名前だよ、と。 そんな谷に、タエは答える。 だって、冴えないじゃない、『谷 タエ』って、と。 そんなタエを見ながら谷は一言、声を漏らす。 いい加減に成仏して欲しい……曾ばあちゃん。 谷タエ。 享年17歳。 谷一族にくっつきながら、悠久の時を過ごす幽霊。 彼女は幼い谷浩太が、気づくまで一人ぼっちだった。 334 :うたかたのそら:2010/09/08(水) 16 51 34 ID dmDiGDay0 涼一の異界 白い吹雪の中に歩は佇んでいた。 なんとしても涼一を見つけこの異界を終わらせないといけない。 決意を胸に歩は歩き出す。 雪原を進みながら、前にもあった、巨大な氷の結晶を壊す。 その度に、涼一の思いが伝わってくる。 幼いころにあった香織さんが好きだった事。 しかし、父母に反対された事。 二人の仲を認めるために、大学の現役合格を命じられた事。 しかし、猛勉強がたたったのか、受験日に熱を出して倒れた事。 そのために別の女性……杏子さんと結婚することになった事 しかし、秘密裏に香織さんと会い続けた事。 杏子さんにとても悪いと思っている事。 そして、二人の女性の間に子供が生まれた事。 翔と幸恵、涼子と詩織。 そして、二人の子を産むと、香織さんが死んでしまった事。 彼女の墓の前で泣き崩れる。 そんな時に、香織さんの母、千代子さんが声をかけてくれた事。 彼女はいった。 娘と最後の別れをさせてあげます。 だから、もう娘の事は忘れなさい……と。 そんな千代子さんに導かれ__ ここではない世界に行った。 そこでしばしの間、香織さんに会う事が出来た。 それから何日後。 僕は、今日、旅立つ。 彼女に会うために。 335 :うたかたのそら:2010/09/08(水) 17 02 21 ID dmDiGDay0 崖の先にたどり着く。 前回と同じように黒いヒトガタが近づいてくる。 自分と同じ姿をした男。 だが彼は自分ではない。 彼こそが涼一。 この異界を作り出している人物だ。 この異界では、自分以外はうまく認識できないらしい。 その為に、他人をみても、それが自分の顔にみえてしまうらしい。 ここに来た事情を話す歩。 香織さんはここにはいない事。 詩織さんに無理をいってこの異界に送ってもらった事。 そして……涼一に向こうの世界で起きた真実を告げる事を。 しかし、それを必死になって拒否する涼一。 そして……涼一と歩の戦いが始まった。 氷の壁を操る涼一に、歩は氷の槍を投げつける。 その槍は、壁を打ち破り、涼一の腹部へ突き刺さった。 絶望する涼一に、話しかける歩。 自分と詩織の間に子供が出来るという事を。 そしてたとえどんなに辛い事があっても、希望を捨てない事を。 それを聞き、何か悟ったような顔をする涼一。 その表情は安堵の笑みを浮かべていた。 最後に歩は彼に向かって声をかける。 __お父さん、と。 336 :うたかたのそら:2010/09/08(水) 17 10 35 ID dmDiGDay0 「快晴の空、泡沫のように」 9月1日 始業式 谷浩太は走っていた。 昨日、結局本の整理で徹夜してしまい寝過ごしたのだ。 なんとか、始業式前に校門にたどり着く。 が、それと同時に凄まじい勢いで車が突っ込んでくる。 そこから降りてきたのは、歩と川治、そして詩織だった。 あの後、色々あったせいで、遅くなった歩と詩織を川治が送ってきたのだ。 なにやらいい感じの歩と詩織を呆然と見つめる谷。 二人は今日放課後に会う約束をすると、まっていた川治さんに車に乗せてもらうと、彼女の学校まで送っていってもらった。 そんな歩に声をかける谷。 「………裏切り者」 今日の放課後、クラスの男子全員で根掘り葉掘りすみからすみまで聞き出す事を決意する谷だった。 つらいことも、悲しいことも 全てはやがて思い出となって 優しい笑顔に包まれ 消えて行くだろう それはまるで、空に消え行く 泡沫(うたかた)のように__ これにてうたかたのそら紹介終わります。 結構、内容端折った所もありますので、気になる方はプレイの程を。